授乳による不快感 DーMERとは何なのか?

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母乳育児の希望について伺うと、ほとんどのお母さんが「出るなら母乳でいきたいです」と答えます。赤ちゃんが産まれると自動的に母乳が出て、赤ちゃんも普通に飲みとってくれるというイメージを持たれている方も多くいると感じますが、母乳を出すためにはそれなりにステップを踏む必要があり、トラブルが起こることも日常茶飯事です。

横になって眠れないほどの乳房の痛み、乳頭の傷、赤ちゃんのお口が小さく上手に吸えない、頻回授乳で心身ともに疲弊しきってしまう…

母乳育児は難しく、奥深く、神秘的で、長きにわたってお母さんたちと助産師を悩ませてきました。

授乳により不快感を感じるお母さんがいる

そんな母乳育児の世界に新たな症状が知られるようになったのは、つい最近(2007年ごろから)のことです。

授乳をしているときや、赤ちゃんの泣き声を聞いたとき、赤ちゃんのことを考えたときに、なんとも言えない不快な気分を伴うというもので、この症状が出るのは「射乳反射」というおっぱいが自然に出てきてしまうタイミングだと言われています。

大切な我が子に授乳をしているときなのに、どうしてこんな気分になってしまうんだろう?と自分を責めてしまう方も多いです。

乳汁分泌の仕組み

初めに乳汁分泌の仕組みを説明していきますが、大事なキーワードはオキシトシン、プロラクチン、ドパミンの3つです。

オキシトシンは乳腺細胞を取り囲む筋上皮細胞を収縮させ、乳管内に乳汁を押し出す作用があり、これを射乳反射と呼びます(1)。

プロラクチンは乳汁分泌、乳汁生成効果があります。

ドパミンはプロラクチン抑制因子(プロラクチンの分泌を抑える)です。

赤ちゃんが乳頭へ吸い付いた刺激(吸啜刺激)は脊髄を通り、視床下部から出ているドパミンを抑制し、下垂体前葉からプロラクチンを分泌させ、乳汁生成・乳汁分泌増加につながります。

同時にオキシトシンが下垂体後葉から分泌され、射乳反射が起きます(2)。

D-MERと名付けられた不快感

前述したような授乳中の不快感は約9.1%の母親が経験しているとのことで(3)、Dysphoric Milk Ejection Reflex(D-MER)と呼ばれています。

また、2024年に新しく発表された論文では、日本の母親に対してDーMERの経験について調査しており、15.2%の赤ちゃんの母親が経験していたとのことです。さらに、今回の出産に限らず、きょうだいの育児の際の経験も含めると23.3%の母親が経験したことがあるとのことです(4)。

不快感と言ってもさまざまな感情を含み、抑うつ、怒り、不安感などを感じます(3)。その表現の仕方も人それぞれで、「ホームシックにかかったような」と言う人もいれば、「胃のところにぽっかり穴が空いたような」と説明する人もいます(5)。

D−MERの原因

D-MERの原因はまだ全貌がわかっていませんが、特に有力なのは乳汁分泌の際のホルモン変化によるもの、という説です。
射乳反射を起こすためのホルモン変化を見てみると、ドパミンが低下しているのがわかります。ドパミンは快感や幸せを感じる作用がありますが、低下することで不安、抑うつ、怒りといった感情が引き起こされる可能性が示されています(5)。

自分を責めないで

D-MERは母親に決定的な原因があるからなる訳ではありません。生理の痛みや生理前後の感情の変化に個人差があったり、薬の効き方やお酒への抵抗力が人それぞれであるように、D-MERに関わるホルモン変化の度合いや、変化によって現れる症状にも個人差があります。そして、本人の努力や、赤ちゃんへの愛情の強さで変化するものではありません。

ケア・対処方法

D-MERは発見されてから日が浅い症状であり、エビデンスに基づく治療や対処方法が確立されていません。D−MERとその軽減を体験したことのある女性からの報告から、効果のありそうな対処方法を挙げてみました。どの方法がどの程度効果があるのかは不明で、個人差がかなり大きいと考えられますが、現時点で判明している対処法は以下の通りです。

ドパミンを補う

ドパミンの減少が原因の症状であるため、補う行動で改善される可能性があります。例えば、授乳中に気を紛らわすため、好きなものを食べることやリラックスできるアロマを嗅いだり音楽をかけることが役立つかもしれないとのことです(6)。

身体的ストレスとカフェイン

さらに、症状を悪化させるストレスを取り除くことも必要です。カフェイン摂取を控え、水分摂取をすることが効果がある可能性があります(6)。逆にカフェインの摂取によりD−MERが軽減する人もいるとのことですが、カフェインは乳汁移行性があり、カフェインを摂取した後に授乳をすると赤ちゃんが眠りにくくなったり、少しの刺激に対しても敏感に反応してしまうこともあります。ご本人と赤ちゃんに合った方法を見つける必要がありそうです。

薬やハーブを使うこともある

プソイドエフェドリンという成分が含まれる薬を内服するとD -MERが改善したという報告があります(5)。しかし、プソイドエフェドリン自体が乳汁移行性があり、赤ちゃんが飲んでしまうことにつながるため、添付文書には「授乳している人は避けるように」との記載があります。また、プロラクチンを減少させるため、乳汁分泌が減少する可能性があります。

また、抗うつ薬であるブプロピオンの最小用量の服用がD -MERを減少させたという報告もありますが(5)、日本では処方されていない薬であることや、抗うつ薬として使用されており専門的な知識を持った医師のもと慎重投与が必要であることなどから、D-MER軽減のために使用するのは現実的ではありません。

ロディオラロゼアというハーブを使用することも効果的とのことです。ドーパミンの分解を防ぎ、利用性を高める作用のある成分が含まれており、ストレスに効果があります。D -MERの原因であるドパミンの絵減少を防ぐため、症状が緩和または消失するとのことですが、こちらも専門家の管理の元で使用することが推奨されます(5)。

誰かと体験を共有する

D-MERの症状を感じたことがない人にこの経験を話すことは難しいかもしれません。まだ一般的に知られていない症状であるため、孤独に悩んでいる方も多いでしょう。

自分の気持ちを夫や実母、義母に吐き出すこと、夫が母乳育児を理解し、母親の気持ちが周囲に受け入れられることが母乳育児の継続には必要であると言われています(7)。D-MERの症状を直接緩和することにはつながりませんが、自分の経験をわかってもらえているという安心感は、D-MERに立ち向かい、母乳を続ける助けになるでしょう。

助産師として何ができるのか

D−MERという症状があり、本人のせいではないことを多くの人に知ってもらう必要があります。妊娠中の母親とご家族を対象にしたマザーズクラスなどで話していくことも有効ではないでしょうか。実際にD−MERに直面している方へも正確な情報提供を行い、精神面でのサポートと、どんな選択肢を選ぶ場合でも頑張るお母さんたちの味方であることをお伝えしていきたいです。
同時に自分自身がDーMERへの理解を深め、知識をアップデートし続けていこうと思います。

【参考文献】
1.水野克己,水野紀子.母乳育児支援講座.株式会社南山堂,2017.
2.江藤宏美編.助産師基礎教育テキスト2022年版 第6巻 産褥期のケア/新生児期・乳幼児期のケア.株式会社日本看護協会出版会,2022.
3.Ureño TL,Berry-Cabán CS,Adams A,Buchheit TL,Hopkinson SG. Dysphoric milk ejection reflex: A descriptive study. Breastfeed Med .2019,vol14,no9,p666-673.
4.Yukako Moriyama,Yuko Nakao,Naoko Yamamoto,Toshimichi Oki.Dysphoric milk ejection reflex among Japanese mothers: a self-administered survey.international Brestfeeding Journal.2024,vol19,no21,https://doi.org/10.1186/s13006-024-00625-0(accessed 2024-07-25).
5.Alia M Heise,Diane Wiessinger.Dysphoric milk ejection reflex:A case report.international Brestfeeding Journal.2011,vol6,no6,https://doi.org/10.1186/1746-4358-6-6,(accessed 2024-07-25).
6.Australian Brestfeeding Association. “Negative emotions tha occur with your let-down reflex”. Dysphoric Milk Ejection Reflex. 2022.https://www.breastfeeding.asn.au/resources/d-mer , (accessed 2024-08-11).
7.Nakata Kaori.An analysis of maternal self-efficacy and breastfeeding continuation.Journal of Japan Academy of Midwifery.2008,vol22,2,p208-221.

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