気持ち悪くなって吐いちゃった…。いきなり陣痛も強くなったみたい…。
分娩に立ち会うと嘔気を訴える産婦さんに付き添う機会がよくあります。
助産師学校の実習で初めて目にしたとき、指導教官の先生は
きっとこれからお産が進みますよ!
と言って産婦さんを励ましていました。
助産師として働き始めてからも、進行がゆっくりだった産婦さんが嘔吐し、急に痛みが強くなったため内診をしてみると子宮口が8cmになっていて仰天した、なんてことがありました。
長らくこの現象が不思議だったので、今日は分娩の進行と嘔気について調べてみます。
異常な嘔吐を見分ける
分娩中の嘔吐が正常なものか異常なものかを見分ける必要があります。異常な嘔吐の原因は以下に挙げましたが、いずれも緊急での対応が必要なものばかりです。
高血圧、HELLP症候群
仰臥位低血圧症候群
分娩誘発剤による過強陣痛
産婦さんの訴えやバイタルサイン、CTGモニターからの情報からアセスメントし、生理的ではない場合には早期発見、早期対処できるように注意深く観察していきます。
生理的な嘔吐
ホルモンの影響による嘔吐
オキシトシンとプロスタグランジン
分娩時に子宮を収縮させるのはオキシトシンというホルモンです。子宮収縮剤として使用されるアトニンもオキシトシン製剤です。
自然な陣痛の場合、このオキシトシンは脳の下垂体後葉から放出され子宮収縮を促しますが、子宮の筋肉だけではなく胎盤へも働きかけ、胎盤からプロスタグランジンを放出させます。
プロスタグランジンも子宮収縮を引き起こすホルモンですが、同時に胃腸の働きも亢進させるため、嘔気・嘔吐が誘発されてしまいます。
ちなみに、プロスタグランジンも子宮収縮薬として使用されていますが、特に頸管熟化(子宮の入り口が柔らかくなり、広がりやすくなる)に優れた効果を発揮します。
同じ子宮収縮があったとしても、頸管が熟化していた方がお産は早く進みます。
生理的な嘔気を訴えている場合には、プロスタグランジンによって頸管が熟化しているか、これから熟化し始める可能性が高いので、
嘔気がある→プロスタグランジンが出ている→子宮口が開きやすい→お産が進みやすい
となるのではないかと考えられます。
物理的な刺激による嘔吐
お産が進むということは児頭や胎児自体が急激に下降するということです。
それに伴う腹腔内圧の変化と、大きくなった子宮により圧迫されていた胃腸が解放され、伸展することによって嘔気・嘔吐が誘発されます。
ケアはどうしたらいい?
嘔吐は羞恥心を伴うものです。できる限りスムーズに片付け、清潔を保てるようにサポートする必要があります。
環境
嘔吐に備えて
産婦さんに付き添っていると、強い嘔気を感じてから実際に嘔吐するまでの時間はとても短いことが多いと感じます。
少しでも嘔気を訴え始めたらいつ嘔吐しても良いよう、ガーグルベースンを近くに置いておきましょう。
- ガーグルベースン
- 中身の見えない袋
- おしぼり・ティッシュ
- 口をゆすぐもの
- 着替え(念のため)
袋の中身が見えてしまうと羞恥心が強く出てしまう事があるので避けましょう。
また、口周りや衣服が汚れていたり口腔内に嘔吐物が残っていると匂いや味が気になってしまうこともあるため、清潔を維持できるように準備します。
嘔気を防ぐため
嘔気を強くしないための対策も必要です。
長時間の分娩により全身のエネルギーが不足すると、体内の糖分が使い尽くされてしまった結果、脂肪を燃料として燃やすようになります。脂肪が代謝された後のケトン体という酸性の物質が体内に増えるとケトーシスという状態になりますが、この状態も悪心・嘔吐を悪化させます。ゼリーやジュース、一口サイズの果物などで少しずつでも糖分と水分が摂取できるようにしていきましょう。
- エネルギー不足を防ぐ(無理な食事摂取を勧めず水分摂取とカロリー摂取を同時にできるものを勧める)
- 換気をして空気を清浄に保つ
- 希望があればアイスノンなどで頭部を冷やす
- 希望があれば柑橘系のアロマオイルを準備する
- 助産師自身のニオイに気を配る
分娩時は体温が上昇しますが、暑すぎたり湿気が強すぎると嘔気が強くなることもあります。待機室、分娩室は産まれてくる赤ちゃんを迎える準備で暖かくなっていることも多いので、希望があれば頭部を冷やせるようにします。(足や腰を冷やしてしまうと子宮に向かう大きな血管も冷えてしまい、陣痛促進に悪影響を与えることもあるので、子宮から遠い頭頸部を冷やすようにしましょう)
柑橘系のすっきりとしたアロマオイル(オレンジ、グレープフルーツなど)は嘔気を抑制するのに役立つことがあります。希望がある場合には嗅げるように準備しましょう。
サポートをする助産師自身のニオイにも気を配ります。香水はもちろんのこと強い香りの柔軟剤は避け、口臭や体臭対策もしっかりしていきます。
声掛け・付き添い
大人になってから他人の前で嘔吐する機会はほとんどなく、実際に嘔吐してしまった時には強いショックを受ける人も多いです。ご家族が付き添っている場合にはご家族も慌ててしまうかもしれません。背中をさすりながら、ゆっくりと穏やかな調子で声をかけて下さい。
- 分娩進行具合、現在の状況
- 嘔気があっても嘔吐しても大丈夫であること
- 嘔気、嘔吐後には分娩が進むこともあること
分娩の進行具合や現在どんな状況にあるのかをわかりやすく説明することで、今後の見通しが立ち、不安が軽減されます。
また、分娩進行中に生じる嘔気や嘔吐は正常な反応であること、嘔吐するときには分娩が急激に進行することもあると声掛けし、悪心・嘔吐をポジティブに捉えられるようにしていきます。
まとめ
嘔気・嘔吐と急激な分娩進行の仕組みと、そのケアについてまとめてみました。実習の教員の発言や最後にも書いたように、「これからお産が進みますよ」と口に出して励ますことも大事ですが、その背景を考えながら根拠のあるケアを実践していきたいと思います。
【参考文献】
・永森 久美子(聖路加助産院マタニティーケアホーム), 谷垣 伸治, 小川 浩平, 芝田 恵, 左合 治彦.【教科書には載っていない分娩進行のアセスメント 開業助産師の”ここで分かる”をエビデンスで解説】吐き気・嘔吐.ペリネイタルケア.2017,36,9,p882-886.
・山本詩子.開業助産師の内診技術と分娩アセスメント 陣痛,Bishopスコア,回旋,全身もしっかり評価!介入のタイミングを逃さない!07 分娩進行に伴う産婦のサイン(悪心,嘔吐,声漏れ,眠気など).ペリネイタルケア.2024,43,2,p174-179.
・我部山キヨ子,藤井知行編.助産学講座7助産診断・技術学Ⅱ[2]分娩期・産褥期第6版.株式会社医学書院,2022.
・医療情報科学研究所編.病気がみえるvol.10産科第4版.株式会社メディックメディア,2018.
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